ハープ奏者 エドマール・カスタネーダとのデュオ・プロジェクト始動! 上原ひろみさんインタビュー

「上原ひろみザ・トリオ・プロジェクト」のベーシスト、アンソニー・ジャクソン氏のベース・ケーブルを開発しているというご縁から、上原ひろみさんにインタビューできるという幸運が舞い込んできました。送られてきた新譜の資料を見ると、今回は今までのトリオ・プロジェクトではなく、新しいプロジェクトだとのこと。なになに、ピアノとハープ? 全員が思うことかもしれませんが、いわゆる静かで雄大なサウンドをイメージし、新譜の試聴音源を聴き始めると……これはもう、まぎれもない上原ひろみワールドが展開しているではありませんか! スピード、エネルギー全てにおいて、ハープが音程のあるパーカッションのようです。そしてトリオ・プロジェクトより一人減った分の隙間を埋めるかのように、飛び跳ね、弾け、炸裂するピアノ。さあ、上原さんへのインタビューは、この新譜の “音” を切り口に攻めてみようではありませんか!

 

インタビュー・文 / 西野正和

 


 

上原ひろみが感じるハイレゾの魅力

 

――実は私、上原さんの『Voice』から『Spark』までの4枚のアルバムのクレジットに、名前が載っているんです。

上原 えっ?! そうなんですか?

――アンソニー・ジャクソンさんのケーブルを作っているんです。それでアンソニーさんの使用機材一覧に名前が載っています。“Anthony Jackson plays: Cables by REQST” のREQST(レクスト)が私です。

上原 そうでしたか。

――そんなご縁で、本日はインタビューに伺いました。上原さんとは、年末ライブの楽屋ですれ違ったことは何度かあったのですが、お話しするのは今日が初めて。今回の作品は、4作続いたトリオ・プロジェクトではなく、新しいプロジェクトだということで、先に音源を聴き予習してきました。正直、そのスピードと分厚い音楽エネルギーに驚いています。

上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ
『ライヴ・イン・モントリオール』

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FLAC|192.0kHz/24bit

今までのトリオ・プロジェクトはライブで密に音を練り込み、メンバーとの関係性を作った上でスタジオ録音に挑んだと思うのですが、今回はライブ録音。ライブ録音を選ばれた理由とは?

上原 エドマールとの出会いは本当に運命的で、2016年6月30日のモントリオールのことでした。やはり出会った場所でレコーディングしたいという気持ちが大きく、それが一番の理由です。

――本作は、レコーディングを前提としたコンサート演奏だったのですか?

上原 はい、そうです。

――レコーディング、ミックス、マスタリングのエンジニアとして、名匠マイケル・ビショップさんがクレジットされています。レコーディングのために、マイケルさんがモントリオールに来られたのですね。

上原 そうです。モントリオールまで来てもらいました。

――今までのトリオ・プロジェクトと同様に、録音からマスタリングまで全てマイケルさん。上原さんは音作りの過程に、どのあたりまで関わられているのですか?

上原 いつもミキシングまでですね。マスタリングはマイケルに任せています。今回、ミックスの立会いにスタジオへは行けなかったので、ミックスされた音をデータで送ってもらい、それを10回くらいやりとりしました。

――10回くらいとは意外ですね。一発OKではなかった理由はなんでしょう? 上原さんからは、音に対し、どんなリクエストがあったのですか?

上原 音色のことですね。一番大きかったのは、ピアノよりもハープの低音と高音のバランスでした。あとはハープのブリリアンスを、どれくらい硬質な音にするかどうかということでした。

――実際に音源を聴いてみた印象では、ハープはカリカリした音ではないし、低域はハープらしからぬ、ふくよかな音に感じました。ウッドベースとはもちろん違うんですが、ハープとピアノだけで音楽的に土台がしっかりある。ベース不在を感じさせないバランスです。トリオ・プロジェクトのベース、ドラム、ピアノという編成を、今回はハープとピアノに役割を振り分けたようなアレンジに感じたのですが、どちらがベースの役割を担当するかといったことは、編曲の段階での指示なのでしょうか?

上原 ここは私がベース、ここは私がメロディーというのは、アレンジの段階で決めています。

――トリオ・プロジェクトでは上原さんが必ずメロディーを弾いていましたが、今回はハープというメロディー楽器がいるということで新鮮でした。パッと聴くと、ピアノかハープのどちらが弾いているのがわからないくらい、二人のグルーヴ感がよく似ていますよね。ハープの音域はそんなに広くないんですか?

上原 ピアノよりは広くないです。4オクターブくらいですかね。この音域で、ベースパートもメロディーパートも演奏します。

――ライブ録音のテイク的には、全部が本番のワンテイクなんでしょうか?

上原 はい、本番のままです。

――ハイレゾで聴いてほしいポイントは?

上原 今回は会場の音の全てが吹き込まれているので、スピーカーで聴くと本当に自分も会場にいるような感覚になりますし、マイケル・ビショップというエンジニアが録る “音の湿度” というのは、ヘッドホンやイヤホンで聴くのはもったいない。できればスピーカーで聴いてほしいですね。彼は世界最上級の音質を録る人なので、ふんだんに楽しんでください

――マイケルさんのサウンド、素晴らしいですよね。私もアンソニーさんのケーブルを作っているので、こういう音でベースが鳴ってくれたら嬉しいなというサウンドがあります。マイケル・ビショップさんが録る上原さん作品から、アンソニーさんの楽器とケーブルの歯車がガッチリ噛み合っているのが聴こえてくるのは、いつも素晴らしいなと感じていました。では、上原さんの考えるハイレゾの魅力とは?

上原 私は、やっぱり生にどれだけ近いか。ライブというもののバーチャル体験となると、大音量でスピーカーで聴くということになれば、どれだけ生により近いか。音の近さとか、音の湿度、息遣い、いろんなものがハイレゾになればなるほど、より生に近い体験ができるところが魅力だと思います。

――音の湿度って、私は今まで使ったことのない表現かも。

上原 私はすごく音に湿度を感じるんです。温もりという表現がいいかもしれないのですけど。

――エドマールさんのネット動画を、マーカス・ミラーとの共演など幾つか見てみたんです。そうすると、上原さんとの今回の共演作は、明らかにエドマールさんの演奏に変化がある。

上原 やっぱり、二人の化学反応というのはあると思います。二人ともすごく音楽に対する情熱があって、それをシェアしたいという気持ちがあるので。

――いつも思うのですが、上原さんは全速力で走るためというか、格闘技に例えるなら全力で戦える相手を常に探しているというか。そんな姿勢を作品を聴いていて感じます。トリオ・プロジェクトのときも然り、今回のエドマールさんとの共演も、アクセル全開で踏んでるな~と。

上原 そうですね、やっぱり現状で満足しない人たちというのは、メンバーを選ぶときにとても大きいです。たとえそれが何歳であっても。若い時は当然ですけど、それが50代、60代になっても、常に未来の自分に期待をしている人たちと演奏したいです。

――いつもアンソニーさんに言われていました。「今年のケーブルは、どんな仕上がりか楽しみにしている」と。常に向上を求め、求められている。そんなアンソニーさんとの切磋琢磨が、新しい技術開発の原動力となっています。そして、アンソニーさんに弾いてもらった瞬間に、一年の成果が一瞬で分かってもらえる。

上原 職人なんですよ、アンソニーは。本当にそういう職人気質の向上心の高いミュージシャンとやっていて思うのは、やっぱり職人を喜ばせるタイプのミュージシャンって、喜ばせることもできるけど、職人泣かせでもあると思います。すごく厳しいんです。でも厳しいからこそ、納得ができるものなら相手をすごく褒めるのです。

 

 

今回のアルバムでテクニック的に一番の難曲は

 

――4曲目「カンティーナ・バンド」は、『スター・ウォーズ』挿入曲。まさかあの酒場のシーンで流れていたBGMが、上原ひろみワールドにピッタリとは驚きました。

上原 あの曲はジプシー・スウィングみたいで、ラグタイムの要素もありつつ、そこからカリプソにいくという、本当に私とエドマールのためにあるみたいな曲だなと思って、私が選びました

――収録曲は、エドマールさんの作曲と上原さんの作曲があるのですが、アレンジは全て上原さんですか?

上原 いえ、エドマールの曲は元々あるエドマールのアレンジです。私が少しリアレンジ加えたものもありますけど、基本は彼の編曲です。元曲を聴いて、そこにどういうピアノが合うかなと考えながら。

――上原さんのプレイの中で、2曲目「フォー・ジャコ」で不思議な音が聴こえてきたのですが?

上原 あれはピアノの弦のところに、メタルシェイカーを置いて弾いています。

――と言うと、メタルシェイカーで弦を少しミュートして、演奏は鍵盤で?

上原 そうです。それでクラビネットのような音を出しています。ハープもいろんな音が出るので、ピアノもいろいろやってみようと思いました。前に金属製の定規を使ったことはあったんですけど、今回はもう少し歪みとリバーブ感を出そうと。金属製の定規を置いてしまうと、どうしても全部音を止めてしまいます。メタルシェイカーはすごく小さなネジがついていて、そのネジの部分が弦との間に微妙に隙間を作るんですね。それで少し音にリバーブが出ました。いろいろな物を試した結果、メタルシェイカーが一番求めていた音に近かったんです。メタルシェイカーの長いものと短いものと、2つ置きました。

――5、6、7、8曲目は上原さんの新曲ですね。

上原 はい、今回のために書いた組曲です。

――8曲目の「ファイヤー」は相当テンポが早いですね。ハープ的に限界ギリギリに挑戦してもらったという感じでしょうか?

上原 エドマール、結構 練習してましたよ、この曲は。おそらくテクニック的には今回のアルバムで一番の難曲だと思います。

――上原さんの場合、最初に譜面での指示があるわけですか?

上原 はい、譜面と音源の両方を作って渡します。

――ここまで早いフレーズだと、エドマールさんからクレームは出なかったのでしょうか?

上原 曲を書く段階で、連打はどのくらいの速さまでできそうかをエドマールに確認しました。難しいとは言っていましたが。でも、難しいという言葉が出るたびに、「Difficult, but not impossible.(難しいけど、不可能ではないよね)」と返していました(笑)。

――8曲目の「ファイヤー」は本当に目玉曲で、今後のオーディオ・イベントでも、ガンガン鳴らされる曲になるんじゃないかなと思います!

 

 

上原ひろみが作品を作り続ける理由

 

――音楽の聴き方が時代とともに変化し、CDなどの音源を出さずに、ライブ活動だけに集中するアーティスト活動も存在します。しかし上原さんは嬉しいことに、コンスタントに新作を作り、そして音源として届けてくれる。ファンとして、こんな素敵な贈り物はありません。上原さんが記録した音楽を作り続ける理由とは?

上原 その時その時の瞬間というものを、きちんと残したいという気持ちがあります。ミュージシャンとしての成長というか、過程を見るうえでも、とても重要なことです。その時、その年齢、その瞬間にしか出せない音というものがあります。もちろん、ずーっと成長していきたいという気持ちはありますけど、常にその時の自己ベストを残していきたいというのがあるんです。そういった意味では、私は作品というものはとても重要なことだと思います。ミュージシャンは人間ですから、どんどんやりたいことは変わっていくし、その時に自分が共鳴する相手も変わっていく。そうすると作品として残っていないものは、もう二度と聴けないということになります。ですから、作品という形で残していくということは、すごく大事なことじゃないかなと思うんです。

 


 

インタビュアーを務めた西野正和さんによる『ライヴ・イン・モントリオール』ハイレゾ音源レビュー

 

まずは、ハイレゾ版に先立って発売された『ライヴ・イン・モントリオール』のCD盤から聴いてみました。うむ、素晴らしい。さすが世界最高峰エンジニアのマイケル・ビショップ氏によるサウンドは、一般的なCD規格サウンドの概念を超えています。この音質なら、例えばオーディオイベントを開催した際に、「はい、これがハイレゾですよ」と本CD盤を鳴らしても、オーディオマニアの皆さんでさえ全員を騙せることでしょう。そのくらいCD盤『ライヴ・イン・モントリオール』の仕上がりは素晴らしいです。

次にハイレゾ版『ライヴ・イン・モントリオール』を試聴。いやはや、参りました。CD盤であれほど聴き込んだ作品が、まるで初めて聴くアルバムのように楽しめるではないですか!

特にハイレゾ版で驚いたのが、ハープの音色。どうも私は、エドマール氏のハープの音を誤解していたようです。当然、ピアノのほうがハープよりも巨大な楽器ですから、ハイレゾ効果がより出やすいのかと思っていたのですが、今回の鍵はハープでした。

エドマール氏のハープは、CD盤で馴染んでいた音色と、ハイレゾで聴く音色とでは、オーディオ的な微妙な違いというより、楽器の印象が異なるくらい差があります。これはおそらく、ピアノの音色は馴染みがあるので、脳の補正回路が働きやすいためではないでしょうか? 一方のハープは、エドマール氏ほどの演奏は初体験なのですから、スピーカーから鳴る印象のまま心にメモリーしていたのでしょう。CD盤とハイレゾで、そのハープの記憶に差異があったため、戸惑うほど音色が違ったのだと想像しました。

私のように、CD盤で聴いたハープの音に硬く尖った印象であるなら、ぜひハイレゾ版を楽しんでほしいです。エドマール氏のハープ、もちろん疾走感は抜群なのですが、もっと柔らかく暖かいサウンドが真実だと思い直しました。強引に文字化するとしたら、CD盤ハープを「キン、パン!」だとすると、ハイレゾ版では「クァィン、プァン!」くらいに体感できます。

実は上原さんのインタビュー時は、『ライヴ・イン・モントリオール』の圧縮音源しか試聴できていませんでした。発売前なので当然ながらCDプレス生産の仕上がりもまだ、ハイレゾ音源も到着前ということで、デモCD-Rからリッピングした圧縮音源でインタビューに臨んだのです。圧縮音源からCD盤への違いは想定の範囲内でしたが、ハイレゾ盤の試聴では驚くばかりの結果。作品を聴くのに、音源規格の大切さを再認識した次第です。これから『ライヴ・イン・モントリオール』を聴くのは、やっぱりハイレゾ版ばかりになることでしょう。それくらいハイレゾ盤がお気に入りです。」

 

ではこのハイレゾ版『ライヴ・イン・モントリオール』を、どのように再現したら理想的でしょうか。それはもう、本作の最大の魅力である、空間を埋め尽くす音たち。その無数の音が、実際に触れそうなくらいに、見えるようなくらいに鳴らしたいもの。ダイナミックに、そして時に優雅に、音が喜びながら弾んでいる様子が、空間に隙間なく展開していく。これは上原さんとエドマール氏が放つ強い音楽エネルギーの賜物ですし、名匠エンジニアのマイケル・ビショップ氏の素晴らしい仕事っぷりが生んだ至福のサウンドです。

スピーカーでもイヤホン/ヘッドホンでも、それら再生機器が消えて見えなくなるような、眼前に広がるピアノ、遥か彼方へ解き放たれていくハープの余韻。誰もが驚くことでしょう。ライブ録音かスタジオ録音かといった議論は不要。拍手や歓声、笑い声が無ければ、誰もライブ録音とは気付かぬ演奏の完成度なのですから。

私がイベントで鳴らすなら、やはり8曲目の「ジ・エレメンツ:ファイアー」。冒頭のガツンとくる低音のパンチ力はもちろん、そのまま走り続ける二人の気迫まで再現してみたいところです。

『ライヴ・イン・モントリオール』の真実を知る術は、ライブが終演した今となっては、録音による記録を手掛かりにするしか方法がありません。それがCD盤という小さな器ではなく、あの日の記憶すべてを詰め込んだハイレゾ版で入手できる時代になったことに幸せを感じます!

 


 

執筆者プロフィール

西野 正和(にしの まさかず)

株式会社レクスト代表取締役。オーディオアクセサリー “レゾナンス・チップ” で1998年に起業。スピーカー、DAコンバーター、ケーブルと拡充していった製品ラインナップは、オーディオ愛好家だけでなく、ミュージシャンやエンジニアからも高い評価を得ている。またCDやハイレゾの音源制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。楽器ケーブル初のエンドーサーは、アンソニー・ジャクソン氏。他に、ハイレゾ音源のレビュー連載、オーディオ専門ラジオのMCといった活動や、3冊のオーディオ関連著書 『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる! 新・最高音質セッティング術』(いずれもリットーミュージック刊)がある。

レクストWEBサイト: http://www.reqst.com